働かないと意味が無い?

父の場合

父の父、つまり私のおじいさんは、ずっと戦争で亡くなっていたと思っていた。何故なら写真の中にいる祖父は軍服を着ていたから。

それが違うとわかったのは、父が亡くなった後だ。

お酒に酔って、砂利会社の砂利山から落ちて亡くなったと父のいとこから聞いた。祖母はお金に困っていたようで機織りをして生活を支えていた。父は長男だから早く働くようにと、中学を出て会社員として働いた。妹や弟を大学にやるために頑張ったんだと思う

両親はお見合いで結婚した。母は好きな人がいたらしいが、結婚できないので父と結婚したとうわさで聞いた。

父は仕事はまじめに行っていたが家庭に生活費を余り入れなかったらしい。

別に賭博や女がいたわけではない。。自分の趣味に使っていたようだ。よく母が愚痴っていたっけ。

友達から誘われて 囲碁、ゴルフ、釣り 飲み会 あれ?これだけだっけ?毎週出かけていた。数えてみると意外に少ない。

子供とは1年に1回、海に出かけて行った。ただ海沿いから見守っていただけ。子供は子供で遊びなさいって感じ。

父と手をつないだことも無ければ、抱っこして貰った記憶もない

写真を見ると赤ちゃんの時に抱っこしているが、あやしている様子では無い

旅行なども家族とは行かず、一人で出かけていたように思う。

父からの各地のお土産は家のガラス戸の飾り棚に収まっていた。

お人形やいろんな種類の駒、とにかく色々入っていた。

父は、日曜日以外は殆ど休まない人だった。

いつも17:30から18時には帰って来た。その帰ってくる時間に

母は食事を準備しなくてはいけない決まりだった。

その後テレビを見ながら、刺身で晩酌

もちろんテレビチャンネル権利は父にある。

父と黙って、野生動物の番組、相撲、野球、何でも見ていた。

でも子供が楽しみにしている漫画やドラマは黙って見せてくれた。

普段の生活で何か意見するわけでもなく、車の運転が好きな人だった

一度だけ 首元が大きく開いた服を着た時、「その服は好きじゃない」と意見を言われ、その服を着ることを辞めた

進路も就職も何も言わない。

専門学校に進んだ時は寮生活に戻る私を黙って毎週日曜日に、送ってくれた。娘の10時門限ぎりぎりに。

ただ就職したときは自慢していたらしい。聞いたことないけどね

娘に直接話しかけてくることがない父だった。

すべて母を介して話が有った。

私が離婚して戻った時にも、再婚する時にも、子供を夏休みに預けるときにも何も言わない父、ただ黙っていた。大人になった時、話すことは沢山あったように思う

退職後はそれまで休んでいなかった分、ほとんど仕事はしなかった

家の中で日曜大工、くぎを打ったり 手すりを沢山つけたり

ニワトリを飼ったり、自分なりに楽しい老後だったかな?

脳梗塞で言葉が自由に話せなくなって、久しぶりに会った時

私の名前を絞り出すように、言ってくれた。

思い出すだけで、後悔がよぎる。もっと近くで過ごしてあげればよかった。家で過ごせるように工夫が出来なかったのか。

安全に暮らせる場所を確保して、ご飯を沢山食べて、眠るように

父は88歳で亡くなった。

自分で最後を決めて逝ってしまった。

介護施設の人たちに見守られて、家族は誰も間に合わなかった。

父らしい最後、黙って逝ってしまった。

作成者: maedasan

沖縄生まれ、結婚後北海道に移住し、20年生活。 老後は故郷で暮らしたいと沖縄に戻る 看護師歴25?年以上。いつまでも働く看護師を目指すよ

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